座右の銘:柳緑花紅 (やなぎはみどり はなはくれない)

Ryuの書棚

こんにちは。Ryuです。

『好日日記』森下典子 を読んで、胸に染み入る言葉に出会いました。

それが、タイトルの『柳緑花紅』です。「やなぎはみどり はなはくれない」とそのまま読みます。

感動しました。この言葉の奥深さに。今後の座右の銘とします。このブログの指針とも合致しており、あまりに感動が深かったので、ブログタイトルを変更しました!!今後は、『Ryuのblog~柳緑花紅 be myself~』とします。

柳緑花紅の意味

『柳緑花紅』は掛け軸などに書かれる禅語です。

若かりし頃の森下さんは、「たいがいの掛け軸は何て書いてるのかすらわからないけど、今日は意味もわかった!そのまんまやん!(森下さんは関東の方のため、関西弁は使いません。悪しからず。)」って思ったそうです。

表面上の意味はそのままです。

柳は緑で、花は紅い。

が、深いのです。

もっと言えば、柳は緑でいい、花は紅くていい。

中年になった頃、森下さんの友人は、就職してく生徒たちにこの言葉を贈ったそうです。なぜか?

新人として仕事をしていく中で壁にぶつかった時、他の人が偉くみえる。そういう時、自分らしさを否定して、自分でないものになろうとしてしまう。だけど、柳は花になれないし、花も柳のようにはなれない。花はあくまで赤く咲けばいいし、柳はあくまで緑に茂ればいい

この件が胸の真ん中にぐぐぐ~っと入ってきて、もうたまりませんでした。

柳は緑の柳のままでいいし、花は紅い花のままでいい

いや、

柳は緑の柳のままがいいし、花は紅い花のままがいい

つまり、

柳は柳らしく、花は花らしく、あなたはあなたらしく、あればいい。あるのがいい。

それを他の何者かになろうとしたら、その瞬間から自分らしさを失います。

自分自身であれ

このことは、僕自身、ゲシュタルト療法を受けて随分自分を取り戻せた経験から、深く頷けます。

他者の真似をして、そこからいろいろなことを学ぶことは大いに結構なことです。しかし、あくまであなた自身の内に、真似したいところを取り込むのであって、他者になることではない。そんなことをすれば自分自身でなくなり、苦しくなるだけです。本当に真似したいところ、学びたいところを、取り込み、咀嚼して、消化吸収し、自分の血肉と化していく。丸飲みするのではなく、自分自身の血肉にしていく過程が大切です。

鈴木大拙のところでも書きましたが、自分自身で在り続けながら変化成長していくことが大事。

柳が必死になって花のように赤くなろうとすると無理が生じます。花が柳にも、同様です。

柳は柳である時が一番いいし、持ち味を発揮できます。花は花である時が一番いいし、持ち味を発揮できます。あなたもあなたである時が一番いいし、持ち味を発揮できるんです。

他ならぬ自分自身であることです。

自分自身でありたい

そうして感じ入っていると、同じようなことを意味する言葉を知っていることに気付きました。

A rose is a rose is a rose. 薔薇が薔薇であるところの薔薇である(アメリカの小説家Gertrude Steinの有名な言葉)

薔薇は薔薇らしくある時が一番美しい。柳もそうだし、花もそう。人間だってそうだ。

 

もう一つ、

桜梅桃李

桜は桜の良さがあり、梅は梅の良さ、桃にも李(すもも)にも良さがある。それぞれに、それぞれの良さがあり、自分自身であればいい。

 

次は

月は晴天に在り水は瓶に在り

ありのままの姿が一番いいということ。

 

古い言葉ではありませんが、

自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ 『自分の感受性くらい』茨木のり子 より(この詩については以前にも少し書きました⇓)

こうしてみると、他ならぬ自分自身であることがいいよ、という教えは古くからあるんですね。そして、こうした言葉が残って力を放つくらい、現代でも自分自身でいられないことが問題になるんですね。

 

自分自身を受け入れる

とはいえ、昔の僕のように、自分自身のことが嫌い、好きではない、という方もいると思います。自分だからこそ、自分の欠点(と自分が思っているところ)が目につきますよね。

では、自分を好きになるためには、その欠点を一つ一つ埋めていけばいいのか?

僕が自分を好きになれた方法は、欠点を埋める、克服する、というものではありませんでした。むしろ、そうした欠点を持つ部分を含めた自分の全体を認めて受け入れることでした。

森下さんも、自身の性格は変えられない。変わらないものを変えようとしなくていい、と思えるようになったそうです。

もちろん、こんな風になりたい、ここは直したい、と心から思うところは自分を変える努力をしてもいいと思います。

しかし、どうやっても変わらないものもあります。

「変えるべき変えられるものを変える勇気と、変えられないものを受け入れる寛容さと、両者を区別する叡智を」

これまた僕の好きな言葉ですが、変えられないものを受け入れる寛容さを持ちたいものです。僕は今も昔も数多くの欠点を残している、課題だらけの人間ですが、至らない部分も含めて自分を認めることで自分を好きになれました。

これは言い換えれば、「この私(自分自身)で生きていく覚悟」とも言えます。

まとめ

いかがでしたか?

『柳緑花紅』の奥深さの感動は伝わったでしょうか?先にも言いましたが、この言葉は今後の座右の銘にします。

自分自身の感じ方や感情を大切にし、自分自身を生きていきましょう。ではまた。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

参考文献

森下典子『好日日記』 

森下典子『日日是好日』 (←こちらは映画にもなりました

茨木のり子 詩集『自分の感受性くらい』

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自分らしく生きる、自分自身でいることをテーマにブログを書いてます。

自分を押し殺し、他人の価値観や意見ばかり気にする ❝いい子ちゃん❞ だった過去。自分のことが大嫌いでした。
そんな自分をなんとかしたいと心理学を学びプロの心理士として仕事をするも、自分嫌いは克服できずにいました。

そこへ、30代でゲシュタルト療法を受け、人生が180°変わりました。

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