ベニシアさんの言葉より2『人生をより美しく立て直す機会にすればいいのです』

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こんにちは。Ryuです。

今日は大好きなEテレ『猫のしっぽ、カエルの手』のベニシアさんの言葉から学んだことを書きます。読めば、あるがままを受け入れる姿勢、良くないことでも”よりよく立て直す機会”と捉えることができることを学べます。

今回の言葉はタイトルに抜粋してますが、コレです⇓

(ガーデニングについての話)ある朝、台風によって壊れているかもしれません。でも、それも自然の一部なのです。庭と自分の人生をより美しく立て直す機会にすればいいのです

あるがままを受け入れること

この言葉を聞いて、すぐに頭に浮かんだのは、「あるがままを受け入れよ」というメッセージです。

英語で言えば、Let it be.

そう、あのビートルズの名曲のタイトルですね。

言うは易く行うは難し、の典型のようなメッセージです。

我が身に起こった事実は、どうあがいてもなかったことにできません。タイムマシンなどないのですから。そして、もしもできたとしたら、それは病的であり、かつ、建設的ではないのです(精神的な病として、完全に自分の記憶から消し去ったり別人格に起こったこととして自分から切り離すことがあります)。

受け入れるしかないんですが、案外これが難しいのが人間です。

我が身に降りかかった不幸を前に、人間は大抵どうなるか?

まず人はショックを受けます。

うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!なんじゃこりゃーーー!!!

ぃぃぃいやぁーーーーーーー!!!!!

OpenClipart-VectorsによるPixabayからの画像

ムンクの「叫び」みたいですよね。とにかくショック!!!なのです。負の感情が大きく動きます。

 

次に、起こったことの原因を追究しようとします。どうしてそれが起こってしまったのかを知ろうとするのです。「なんでこうなってしまったんや!?」です。

原因分析のようなもの。PDCAサイクルのように、きちんと分析して改善していくことは、大切なことです。しかし、天変地異や自然災害や犯罪被害などの場合、これはうまくいきません。それでも、そうしてしまうことは多いように思います。特にこれらの場合、原因なんてあってないようなもの。

この原因分析は、知的な人間の悪い癖、とも言えます。なぜなら、この問いは、あまり建設的な方向性を示してくれないからです。

それに続くのが、

「why me?(どうして私なんだ!!!)」です。

そのことが、どうして他ならぬ私の身に降りかかったのか?!と考えていくわけです。

この問いには、少しだけ、建設的な意味を見出せるチャンスが含まれています。

他ならぬ私に起こった意味。起こるべくして起こった意味。その人生における大きな意味を丹念に探っていくと、「ああ、このためにあの時こういう事態が起こったのか?それは私の人生にとって必要なことだったんだ。」と理解される日がくるかもしれません。そうなることが、その事態を、プラスに転換する決め手になります。

 

さて、いずれも、過去志向ですよね。原因希求ですよね(しかも、願わくば他人のせいにしたがるのが人間)。これがマズイ。では、どうするか?

自分の見方を変える

僕の好きな言葉に

「過去は変えられない、他人も変えられない、変えられるのは自分だけ」というのがあります。

これに当てはめると、どうしてこうなった?も、あいつのせいだ!も、事態を好転させるのに役立ちません。アドラー心理学の『幸せになる勇気』には、カウンセリングでよくある例として、延々と「(不幸なことが起こってしまった)かわいそうな私」と「悪いアイツ(アイツのせいだ)」とを語るクライアントの話が出てきます。そうして、一番大事なことに向かわないのです。

 

一番大事なこととは・・・・

 

 

「これからどうするか?」です。

未来志向です。建設的です。

別の言い方をすれば、自分を変えるのです。自分の捉え方を変えるのです。

こうなってしまったのは仕方がない。事実は変えようがない。これがあるがままに受け入れること。

それから、捉え方を変え、建設的に捉えます。捉え方とは解釈であり、頭で評価したことです。そうではなくて、事実はこうである、と五感で認識し、そのことの良し悪しというような評価を問うのではなく、これからのことを考えます。

建設的に考える

僕の母は、僕がうっかり大事に使ってたマグカップを割ってしまった時、こう言いました。

おかげで新しいのが買えるわ

 

実際はショックはあったのかもしれません。けれども、その事実を見事に建設的に捉えてますよね。

その当時はわかりませんでしたが、見事な認知の転換です。楽しく生きる知恵とも言えますね。

 

本質的には同じ話なのが、ベストセラーとなった『チーズはどこへ消えた?』です。

人間は消えたチーズのことを忘れられず、明日には戻ってるんじゃないかと淡い希望を抱き、どうしてこうなった?と原因を究明し、どうして私なんだと嘆き続けて、そこに留まり続けます。一方、深く考えないネズミは、チーズが消えたことがわかると、即座に切り替え、別の場所にチーズを探しに行きます。

ベニシアさんは、自然災害によって壊れてしまった庭も、そもそも自然の一部なのだと捉え、あるがままに受け入れます。そして、以前の庭ではなく、壊れた今の庭を出発点にして、これからを作っていきます。

過去と比較すれば現状は壊れた庭ですが、今を立脚点にすればこれから手を加えてより美しくしていける楽しみができた、とも言えます。

現状からみれば、何事もよりよくする機会でしかないのです。

かの鈴木大拙も、「あるがままに現実を受け止め、不平不満を言わず「スーっと生きる」ことが大事」だと言っています。今あるものにたいして、まずそれをありのままに受け入れ、生かすことを考える、という主旨ですね。

まとめ

あるがままを受け入れ、よりよく立て直す機会と捉える

ベニシアさんから学んだ、よりよく生きる上で大切なことです。

予期せぬショッキングな出来事は起こり得るものです。ただ、その事態を前にどうするのか、はあなた次第です。ショックを十分味わうことも大切だと思います。ただ、その後は、そこからその事態をどう生かしていくか?と建設的な方向性をもって対処していくことが、自分の人生をより豊かで充実したものにしてくれるのだと思います。

最初に言ったように、言うは易く行うは難し、です。でも、意識しながら、日々の物事を眺めてみませんか?

参考文献

スペンサー・ジョンソン著『チーズはどこへ消えた? (扶桑社BOOKS)

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自分らしく生きる、自分自身でいることをテーマにブログを書いてます。

自分を押し殺し、他人の価値観や意見ばかり気にする ❝いい子ちゃん❞ だった過去。自分のことが大嫌いでした。
そんな自分をなんとかしたいと心理学を学びプロの心理士として仕事をするも、自分嫌いは克服できずにいました。

そこへ、30代でゲシュタルト療法を受け、人生が180°変わりました。

自分が好きになり、
自分の意見や考えを軸に行動できるようになり、
やりたいことややってみたいことにも素直に食指をのばせるようになりました。
本もたくさん読むようになり、さまざまな考え方を柔軟に取り入れられるようになりました。

同じように悩んだことがある方や、今現在自分の生き方に悩む方へ。

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自分らしく生きる、自分自身でいることをテーマにブログを書いてます。
他人に合わせてばかりで外面がよく、自分のことが嫌いな”いい子ちゃん”だったけど、ゲシュタルト療法を受けて人生が180°変わった心理士です。
自分が好きになり、自分軸でやりたいことに食指をのばせるようになり、学びが習慣化。
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