今を充実させる

心理
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こんにちは。Ryuです。コロナのGWいかがお過ごしでしょうか?

今日は心理士的なお話。

先日、こんな文章に出会いました。

人はいつも自分がいる地点から過去を評価します。
今いる場所に満足していれば、そこに至る過去のあれこれは「あれはあれでよかったのだ」と思えます。逆に、今に不満があれば、こんなはずではなかったのに、「何がいけなかったのか」と考えます。

これは、学生相談の現場から受験を語る中で、仮面浪人のつもりから大学が楽しくなって充実して過ごす人と、大学にうまく馴染めず仮面浪人もうまくいかずずっと不満を言い続けている人がいる、という文脈で書かれた文章でした。

しかし、どうでしょう?  これ、受験に限らず、いろんなことに当てはまると思いませんか?

もう一つ、以前あるお寺で偶然出会って衝撃を受けた、同じような意味の言葉があります。

 

これまでが これからを 「決める」のではなく、

これからが これまでを 「決める」のだ

 

子どもとのお出かけで、たまたま普段は通らない路地に進んだ時にあったお寺の掲示板に貼られていました。

当時はまさにこれを痛感するような経験をした後だったので、

そのことを的確に表現した言葉に、そのタイミングで出会ったことに、偶然ではない何かを感じたほど衝撃的で、鳥肌がたちました。

今を充実させる

どちらも、『今』が充実していれば、その『今』につながっている過去のアレコレを、「アレも踏まえて『今』があるのだ、『今』に至るのだ」と肯定できるようになる、という意味です。

つまり、過去のことをなんとかしたいのであれば、『今現在』をいかに充実させていくかが大切です。

後者は「これから」と表現していますが、「これから」を作っていくのは「今」の積み重ねです。

 

振り返ってみれば、あの時の選択を間違ったからこそ、あの時のショックがあったからこそ、今の自分がある。

そういう風に捉えられると、過去の苦い思い出も、自分の一部となり、学びの糧となり、自分の人間的な肥やしになります。

「過去は変えられない。けれども、過去の捉え方は変えられる」

僕がこのことを学んだのはゲシュタルト療法という心理療法を研修として受けた時です。

僕はずっと自分のことが嫌いでした。

でも、30代前半でゲシュタルト療法を受けて、過去のダメだった自分を赦し、抱きしめて、愛して、「さよなら」を言って、自分と一つになりました。自分の中に他ならぬ僕として溶け込みました。

ちょっと自分らしくいられるようになってくると、生活も仕事もうまく回るようになり、毎日が充実してきました。

それからは、過去のダメだった思い出も、今の自分に辿り着くために必要なことだったのだと思え、愛おしく感じられるようになりました。

「もっと○○しておけばよかった」という思いも「あの頃はアホやったわ」と笑い飛ばせます。

 

それ以降、自分が好きだと思えるようになりました。

自分を責めることもあまりしなくなりました。

 

過去は変えられません。変えられるのは今現在において他にありません。今しか変えられないのです。

『今』が肯定できるように変えられたなら、過去の捉えも変わってくる可能性があります。

 

辛かった、しんどかった、後悔に満ちた過去を乗り越えるには、今現在をいかに充実させるかにかかっています。

もちろん、専門家の支援などを受けながら過去にしっかりと向き合うことも大切でしょう。しかし、それさえも、今という時間軸の上でなされるのです。

 

今ここ here and now

ゲシュタルト流にいえば、

人は過去に戻ることもできないし、未来に飛んでいくこともできない。

今ここに立脚点を置くしかない。現在を生きるしかないのです

ただ、人の意識や想像力は、容易に過去や未来に飛んでいってしまえます。空間(場所)さえも飛び越えられ、「ここ」から「どこか」へ意識を持っていくことができます。

過去の失敗を思い返してクヨクヨしたりむしゃくしゃして何も手につかなかったり、今後のことが不安で心ここにあらずの状態で過ごしてしまうことなど、誰しも経験があると思います。

 

人の悩みを扱うカウンセリングでは、「今」(そして「ここ」)が重視されます。

そして、「ここ」も重視されます。特に、悩む人間の意識は過去や未来に飛んでいってしまっている状態にある場合が多いのです。

だからこそ、逆説的に『今ここ』に留まることに意味があります。カウンセリングが「今ーここ」を大切にする理由はこの点にあります。

時間も場所も飛び越える意識の超越性、自在さは、人間特有の素晴らしい能力だとは思いますが、この弊害は、今ここを生きれずに精神的に参ってしまうことです。さらに加えて、頭での評価に偏りがちなことも挙げられます。

評価をやめて、五感を使う

今ここで 自分が何をしているか?見ているか?聴いているか?感じているか?

換言すれば、

五感を通して、外界の情報をきちんと捉えているか?

自分の内側の感覚をきちんと捉えているか?

その上で自分は行動選択として何をしているか?(感覚を通した内外の気付きと自分の行動への気付き)

 

さらに、自分は何をしたいか?欲しているか?(要求への気付き)

日常は、評価で溢れています。五感を意識する機会が少なく、頭だけを使う評価が溢れています。評価自体が悪いというわけではないのですが、頭での評価に偏り過ぎているように思います。

今ここで大切にしたいのは、五感を使った気付きです。評価の前提となっているのは、五感による情報収集とそれによって動いた感情です。

ぜひ、五感を使って、自分の行動や感じている気持ちに焦点をあてて、感じて下さいね。

自分の体をどんな風に動かしているのか?なんて意識してみると、思ってたのと違って面白くもあります。

アレクサンダーテクニーク関係の本を読んでハッと気づいた当たり前のことは、

人は「自分がやってること」と「自分がやっていると思っていること」とが少しずれていることが多い ということです。

まとめ

今を充実させること、の大切さについて書きました。

今を充実させることで、過去のことも肯定できるようになります。今ここに意識を集中すること、五感を使っていくことが大切です。

いかがでしたでしょうか?何かしらお役に立てたなら幸いです。では、また。

ゲシュタルト療法についてはこちらの本がわかりやすいかと思います。とはいえ、専門書ですのであしからず。

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自分らしく生きる、自分自身でいることをテーマにブログを書いてます。

自分を押し殺し、他人の価値観や意見ばかり気にする ❝いい子ちゃん❞ だった過去。自分のことが大嫌いでした。
そんな自分をなんとかしたいと心理学を学びプロの心理士として仕事をするも、自分嫌いは克服できずにいました。

そこへ、30代でゲシュタルト療法を受け、人生が180°変わりました。

自分が好きになり、
自分の意見や考えを軸に行動できるようになり、
やりたいことややってみたいことにも素直に食指をのばせるようになりました。
本もたくさん読むようになり、さまざまな考え方を柔軟に取り入れられるようになりました。

同じように悩んだことがある方や、今現在自分の生き方に悩む方へ。

あなたらしく生きる、あなた自身でいるための手掛かりやきっかけがみつかりますように、と僕の経験や学びを発信しています。
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自分らしく生きる、自分自身でいることをテーマにブログを書いてます。
他人に合わせてばかりで外面がよく、自分のことが嫌いな”いい子ちゃん”だったけど、ゲシュタルト療法を受けて人生が180°変わった心理士です。
自分が好きになり、自分軸でやりたいことに食指をのばせるようになり、学びが習慣化。
同じように自分の在り方や生き方に悩む方へ、あなたらしく生き、あなた自身でいるための手掛かりやきっかけを得られるよう、経験や学びを発信しています。

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