上手って何?子どもの絵を見る眼が変わり、自分の描くことに対する固定観念が外れる絵本『っぽい』

子育て
っぽい

こんにちは。Ryuです。

今回は、上手って何?表現することの意味を教えてくれる絵本『っぽい』(ピーター・レイノルズ作、なかがわちひろ訳/主婦の友社)の紹介です。る

読めば、子どもの絵を見る眼が変わり、自分の描くことに対する固定観念が外れると思います。

記事を読んだら、読みたくなる絵本!絵本は大人が読んでも面白い!子供と読めばなお発見があります!図書館ヘビーユーザーで毎回10冊以上の子どもの絵本を借りてるRyuが,これは面白いと感じたものを紹介します。

あらすじ

絵を描くことが大好きなラモンは、いつでも、なんでも、どこででも、絵を描く。

ところがある日、兄に「全然似てないじゃん!」って笑われた。

その日から、似てる絵を描かなくちゃ兄の笑い声が聞こえてくるようになった。でも、全然似てない。頑張って描いた絵はダメだとまるめて捨てていまった。しまいには、描くのが嫌になり、鉛筆をおいた・・・。

でも、妹のマリソルは、そんな絵を拾って自室に飾っていて、ラモンに言った。

「あたし、このえが すき」『花瓶の絵か。全然いてないよね』としょんぼり返すラモンに、マリソルはこう言う。

「ちゃんと 花瓶っぽい絵だよ。花瓶の気持ちがするもん」

・・・そっか、[っぽい]絵でもいいのか・・・もう一度鉛筆を手に取ったラモンは「っぽい」絵をたくさんたくさん描き始めた。おもいつくまま、手が動くままに。形のあるものも、形のないものだって、絵ではなくて言葉でも。

    

絵が上手ー下手って何?

あなたは絵が上手ですか?絵心ありますか?

これは日常でもありふれた質問だ。

だが、この質問が意味するもの、つまり、絵が上手(下手)ってもう少し具体的に言えば、どういう状態なのか?

言うまでもなく、似てるか?本物にいかに近づいたリアルな感じで描けるか、でしょう。

絵が上手いっていうと、それらしく描けるってことを通常は意味している。

日常会話レベルでここに異論のある人はいないだろう。

描くことは、つまり、今眼前にあるものをキャンバス(紙〔地面や壁でもいいけど〕)に写し取ることと同義に近い。

僕は、スーパーリアリズムといわれるような、写真のような正確な絵画は大好きです。

カラバッジョとか、丸山応挙とかめちゃくちゃ好きなんです。(クリックはウィキペディアにとびます)

昔、カラバッジョの絵を実際に見に行った時、ガイドさんが「His picture is like a photograph.」って言ってたのをよく覚えています。

でも、「じょうず」にできるって、そんなに大切なんでしょうか?

「じょうず」にできるって、そんなに大切?

『「じょうず」にできるって、そんなに大切?』

この言葉は、絵本の表紙の裏のページ、カバーの袖に描かれていました。

上手にできることも大切な要素の一つではあるかもしれないけれども、それだけが唯一無二の価値観ではないよね。

と問いかける言葉だと思います。

僕は幼児に関わる仕事をしてますが、大人が「上手」と評する絵は、”何が描かれたのか誰がみてもそれなりに判別できる”ことが基準になっていると思います。

もちろん、発達的に見て、自分の見たイメージを形にすることができることは大切な着眼点です。

でも、子どもは上手に描こうとして描こうとしていないことも多いです。描きたいから描く、ということも多いのです。

遊びとしての描くこと、を考えた時には、上手=それらしく描く、こと以外の面白さがあっていい、というか上手かどうかより、楽しさや面白さの方が大切です。

”正確に描写する”以外の絵の価値

いうなれば、正確に描写する以外の絵の価値が存在するのです。

子どもの場合は、楽しさ・面白さです。シンプルですね。

描きたいから描く。描くのが楽しいから描く。面白いから描く。

遊びはそれ自体が目的である、といいますが、描くという遊びは描くことそれ自体が目的なのです。

上手いとか下手とかいう評価とは本来無縁のもの。

上手ー下手の評価はいりません。

  

しかし、描きたくて描こうとしたものの、”上手く”描けないということもあります。

この場合の”上手く” は ”正確に描写できない” が一定含まれるけれども、本質は、”表現したいと思う通りに表現できない” でしょう。

  

こういう時よく引き合いに出されるピカソ。

ピカソと言われて誰もが思い浮かべるあの感じの絵(キュビズム)は上手いのか?正確な絵を描かせたらピカソはさすがに上手いです。僕は美術に造詣が深いわけではないんですが、キュビズム前のピカソの絵を見たことがありますが、普通に上手いです。

詳しいことは美術史や専門家に譲りますが、ピカソが求めたのは正確さではなく、もっと別の表現なのでしょう。

つまり、ピカソらキュビズムは、正確性とは別の表現手段を求めたと言えます。

描くのは誰のため? 表現したいものを表現する

この絵本の最後、物語の外で、著者のピーターレイノルズさんはこう述べています。

じぶんのために絵をかくこと、

じぶんの声に耳をかたむけることを教えてくれた

美術のダグ・コーンフェルド先生に、この本をささげる。

自分のために絵を描くこと。そもそも描きたいって動機の多くは自分のためでしょう。プレゼントする場合は別ですが。(絵をプレゼントするって素敵ですね!)

描きたいって内側から突きあがってくる要求なんだと思います。

2歳台後半、ちょっとイメージが持てるようになった子どもにペンを持たせると、ひたすら円をたくさん描く時期があります。丸のファンファーレと言います。(参考文献:白石正久『発達とは矛盾を乗り越えること』

たくさん描き、全部丸の形なんだけど、「これはお父さん、これはお母さん、これは・・・」と意味づけていきます。

上手や下手とかいう価値観・見方とは全く違う、描きたいから描き、イメージしたものを描くというより描いたものにイメージがのる。

そもそも子どもの絵は動画である、ともいい、写真のように切り取るのではなく、常に動き、生成されていくもの、玩具を動かして遊ぶようなものだともいわれています。

そこに出来上がりの上手ー下手の価値観を持ち込む要素がありません。

  

さて、物語に戻ります。

妹マリソルの言葉で元気を取り戻し、価値転換を果たしたラモンはまた絵を描きます。「〇〇っぽい」絵を。

ラモンがまた えを かいている
じぶんの まわりの せかいを なにもかも。
いろんなものを かんじながら
「っぽい」えを かくのは なんて たのしいんだろう

短いけれども大切なことを言ってる一節。

描くことは、感じたものを、表現したいものを、表現することだ。その表現手段の一つが描くという行為だ。

ラモンが、描く前に、いろんなものを感じている。感じるからこそ、描きたいのだ。心が動いたものを捉え、描くのだ。正確でなくてもいい、感じたままに、描く。

ノってきたラモンは素晴らしいことに気付きます。

「っぽい」絵なら形のないものだって描くことができる!

「っぽい」絵

抽象画の誕生ですね。さらに、文字でも同じようなことができる!と気付きました。

「っぽい」ことば

詩の誕生です。

りっぱな さくぶんじゃなくたって かまわない。
こころに うかぶ ことばを かいてみるのは おもしろい。

名言ですね。『心に浮かぶ言葉を書いてみるのは面白い。』

  

物語のしめくくりはこう結ばれています

こうして らもんは いつだって 
せかいを まるごと あじわって くらした。
めでたし めでたし

世界をまるごと味わう。そんな生き方って素敵ですよね。

似ている絵を描かなければ!という思いから解放され、世界を味わいながら、感じ、表現する。

これでいい、と思う。もちろん、似ているように描きたいならそう描いたらいい。

ただ、その固定観念しかなかったら、苦しいかもしれない。

頭を柔軟に、五感で感じること、心で感じることも大切にしたい。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

訳者の なかがわちひろ さんは 「あきがきっぽいひとこと」でこういっています。

物語の現代は「ish」。「・・・のような」「・・・みたい」という意味。ややもすると否定的なニュアンスになることの言葉で作者が表そうとしたものはなんだったのか?

わたしは「『こうでなければならない』というもの以外のすべて」と考えました。

「っぽい」が許されない世界ってのは、がんじがらめでしんどいと思います。

こうあるべきだ、という価値観を、柔らかく崩して、受け入れられる幅を広げると、人生はもっと楽に面白くなると思います。

もちろん、お子さんとも是非読んでください。ではまた。

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自分らしく生きる、自分自身でいることをテーマにブログを書いてます。

自分を押し殺し、他人の価値観や意見ばかり気にする ❝いい子ちゃん❞ だった過去。自分のことが大嫌いでした。
そんな自分をなんとかしたいと心理学を学びプロの心理士として仕事をするも、自分嫌いは克服できずにいました。

そこへ、30代でゲシュタルト療法を受け、人生が180°変わりました。

自分が好きになり、
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自分らしく生きる、自分自身でいることをテーマにブログを書いてます。
他人に合わせてばかりで外面がよく、自分のことが嫌いな”いい子ちゃん”だったけど、ゲシュタルト療法を受けて人生が180°変わった心理士です。
自分が好きになり、自分軸でやりたいことに食指をのばせるようになり、学びが習慣化。
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