生ものとしての心理臨床の関わり 正しさに盲目的に従わない

心理

こんにちは。Ryuです。先日、臨床心理の専門雑誌で、読んだ記事について思うことを書いていきます。

心理士としての○○の場合にどうすべきか?

それはこんな話。(横山知行 2020『巻頭言 生ものとしての心理臨床』心理臨床の広場24)

あるWSで、クライエントが希死念慮をもっていることを話したけれどもそのことは秘密にしておいてほしい、と切り出した時の対応をグループで検討していました。

結論は、①話してくれたことを労う、②クライエントのしんどさに寄り添う、3死にたい気持ちの強さについてアセスメントし、程度が強いならなるべく了解を得て学校に伝える。

教科書的な基本方針のように、きれいにまとめられた大切な方針だと感じました。間違っているとも思いません。が、ツッコミどころはあります。けれども、一端おいておきましょう。

これに対し、筆者である横山先生も結論に文句はないけれども違和感を感じたと仰っています。なぜなら、この結論が、正解のように捉えられてしまっているように感じたからです。そこに心理臨床家として警笛を鳴らしています。

大事な方針ではあるけれども、そもそも問い自体が、正解のある問題ではないからです。

面接で大切なこと

横山氏は、面接で大切なこととして、次のように述べています。

セラピストとクライエントの関係性という軸のもと、「今の状況において、クライエントがセラピストに、この話題を語ることの意味」を念頭に置きつつt、クライアントの語りを聴いていくこと

簡潔ですがとても大切なことなので、改めて頭に叩き込みました。

WSでケースを検討する場合、どうしても、その場面だけを抜き出して考えることになります。背景情報などありますが、倫理上も時間や紙面の制約上も全てをケース担当者や架空のケース考案者のように追体験できるわけではありません。

それはそれで、いろんな可能性を考えながら、いろんな人の話を聞きながら、理解を深めたり対応の幅広さを知ったりするとても良い勉強の機会です。でも、それは生身の臨床にそのまま活かせるわけではないでしょう。

この”正解っぽい対応”の正解っぽさについて、横山氏は橋本治氏の言を借りて警告しています。

正解をいくら並べてもしょうがないのは、それが所詮「乾き物の正義」でしかないマニュアルだからで、そうならないためにも、人は時々「正義」についてを考えて身をシェイプアップする必要があるのだと思う

橋本治2018中央公論8月号

「この正義を臨床に読み替えたところに、心理臨床の実相があると思う」と締めくくって短い稿を締めくくっています。

雑誌のわずか半ページの巻頭言ですが、その後の特集以上に胸を打つものがありました。

正直、くだんの正解っぽい対応も大切だとは感じて勉強にもなりました。しかし、やはり、話してくれた文脈や状況、これまでの経緯、相手の表情や動き、残り時間、(加えて受けた自分のコンディション)、などにもよるだろうけれども、別の関わり方もあると思いました。

例えば、「話してみて今どんな感じがしますか?」と今ここで話してみてのクライエント自身の心の状態やその変化への気付きを促すのも一つ。

例えば、身体の動きや声の変化が伴っていたなら、「話していた時に、○○が××となっていますが、ご自身ではお気付きでしょうか?」と身体の変化へ言及してみるのも一つ。

例えば、「聴いたこちらは△△な気持ちになったけど、話したあなた自身はどうですか?」と自己開示しつつ内省を促してみるのも一つ、ではなかろうか?

もっといろいろ出てくるかもしれません。いや、プロとしての経験値が高いほど、いろいろな引出しがみられることと思います。

面接がうまくいかずに中断した事例の検討から、先人たちにどんな対応ができたのか?という視点から探求した「ころんで学ぶ心理療法ー初心者のための逆転移入門」なんて本の中には、クライエントの「先生はいつもアドバイスをくれない!」という言葉に対する対応として、さまざまな派のさまざまな先生による多様な返答の例が載っています。

そのどれもが”クライエントの役に立つ”ものです。

正解とは、クライエントの役に立ったかどうか?というのは一つの指標だと思います。ただ、目先の役に立つのではなく、クライエントが自分の足で立ち、セラピストを必要としなくなるように自身の歩みを進めることに役立つかどうか、です。

と、ここまで書いてなんですが、その場にいたら、自分がどう受け止め、感じ、それを言語化できるだろうか?そこから、その場で最適と思われる、クライエントの最善の助けとなる対応ができるだろうか?と不安にもなります。まぁ日常、こういう類の相談の現場に身を置いていないのですが。

面接は生もの

僕がしているのは障害児の発達相談です。面接では、発達検査の結果をお伝えするのがメインとなります。しかし、橋本氏の乾き物の正義談のように、マニュアル的に結果を伝えるだけでは有意義な面接にはなりません。

面接は生ものです。

結果をどのように伝えるのが役に立つだろうか?結果よりも別の話(困りごとなど)に重点を置いた方が役に立つだろうか?自分で困り事を解決していけるようになるにはこの面接でどこに重点をおいて展開しようか?、もっと言えば、障害をもったこの子を含めた家族がよりよく生きられるようにするためにこの面接で何ができるか?といろいろな視点で考えながら話をすすめています。関わり方を探っています。

背景では、研鑽を積んで理解を深められたり関りの技術を磨いたりしています。

臨床心理学はアカデミックなものであるので、研究や実践の積み重ねの中で、どんどん新たな理論や方法論が出てきています。世界レベルで。臨床心理学の世界における正解は常にアップデートされているといってもいい。だからこそ、自分自身の力量と知識と技術とを計り、常に身をシェイプアップする(学び続ける)必要があるのです。

そうはいっても、心理士といえども人間です。不味い対応をしてしまうこともあります。そうと気づいたなら、いかにリカバーすべきか考えます。ここがケースの分水嶺だった、という場合もあるとは思いますが、そうでないならそれなりにリカバーできると思います。また、多少ミスしてもうまく運べなくても他ですくいあげる心理士同士や多職種などの連携支援が安心ですね。これは職場管理体制の問題でもありますが、連携できるよう公式非公式な個人の努力も必要だと思います。

正義、正解、正論etc.について

全部に”正しい”の字がついています。僕は正しさってなんだろうか?とずっと考えていました。今現在辿り着いた答えとしては、正しさは多数派の一つの価値観に過ぎない、ということです。賛否はあると思いますが僕の意見です。

正義とは何か?少し調べても、たくさんの解釈がでてきますし、著名な哲学者や時代によってもさまざまな考え方に出会います。

正解とは何か?そもそも論ですが、先の事例の場合、何をもって正解とするのか?それを一つに決めるとするならその背景には何らかの価値観が必ずあります。その価値観・考え方に照らし合わせると”正解”となるのです。

正論とは…?  もうやめますが、言いたいことは、絶対的な正しさってほとんどないように思っているということです。視点を変えれば、その正しさは足元から崩れていくってことがあると思っています。

正しさが無意味とは思いませんが、盲目的に正しさ(とされるもの)に従うのはある意味危険ではないかと思うのです。だからこそ、先の橋本氏の言葉が活きてきます。僕たちは、自身の中にある正義や正しさ、僕の場合は心理臨床、について考えて、身をシェイプアップする必要があるのです。もう一度一から考える力、当たり前を見直す力、とも言えるかもしれません。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

生ものとしての関りとしての心理臨床として、関わり方の方針は大切だけれども、正解っぽいそれに盲目的に従うのではなく、時々、自問自答を繰り返して考え、自分の中の正解や正義や心理臨床や価値観に向き合うことが大切だという話でした。

正解のない問いを考え続けていくのが大人の仕事で大切なことだと思います。

この学びがあなたの役に立ちましたら幸いです。ではまた。

 

巻頭言の横山知行先生の本、途中で紹介しました遠藤先生の本も紹介しておきます。

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自分らしく生きる、自分自身でいることをテーマにブログを書いてます。

自分を押し殺し、他人の価値観や意見ばかり気にする ❝いい子ちゃん❞ だった過去。自分のことが大嫌いでした。
そんな自分をなんとかしたいと心理学を学びプロの心理士として仕事をするも、自分嫌いは克服できずにいました。

そこへ、30代でゲシュタルト療法を受け、人生が180°変わりました。

自分が好きになり、
自分の意見や考えを軸に行動できるようになり、
やりたいことややってみたいことにも素直に食指をのばせるようになりました。
本もたくさん読むようになり、さまざまな考え方を柔軟に取り入れられるようになりました。

同じように悩んだことがある方や、今現在自分の生き方に悩む方へ。

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他人に合わせてばかりで外面がよく、自分のことが嫌いな”いい子ちゃん”だったけど、ゲシュタルト療法を受けて人生が180°変わった心理士です。
自分が好きになり、自分軸でやりたいことに食指をのばせるようになり、学びが習慣化。
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