自分の内側に耳をすますこと 森下典子『日日是好日~お茶が教えてくれた15の幸せ』からの学び

Ryuの書棚

こんにちは。Ryuです。

今回は、『自分の内側に耳をすますこと 森下典子「日日是好日~お茶が教えてくれた15の幸せ」』と題して書きます。

読めば、ネガティブなことにも価値を見出すことができ、評価ではなく感じることの大切さを学ぶことができます。

連載している、森下典子『日日是好日~お茶が教えてくれた15の幸せ』からの学びの第12弾です。これ、読むほどに本当に学びの多い本です。では、いきます。

心のサイクル

魚住さんという稽古仲間が、毎年11月頃から、徐々に無口になることに気付いた森下さん。

魚住さんは、陽が短くなってくると、気持ちがこもりがちになる。物思いにふけり、長い静かな夜を、身の回りの細かなことをして過ごすのだという。

茶室も同様に、春夏は障子が開け放たれ、気分も開放的になる。常夏の島が開放的なのと似ている。逆に、秋冬は障子の戸が閉められる。内にこもる季節だ。雪国の冬ごもりに似ている。すると、視線が自ずと自分の内側に向かい、内省的になっていく。

 

今、これを読んでどう感じただろうか?

開放的なのが良くて、内にこもるのはちょっと……なんて感じた方もいるかもしれません。その逆も然り。でも、前者の方が多いように想像します。僕は、どちらかと言えば後者の方でしたが。

大事なのはこの後の言葉

「活動的な夏もいいけど、内にこもる季節もいいの。どっちが良くて、どっちが悪い、じゃなくて、どっちもそれぞれがいいのよね。」

この言葉に、森下さんは、人間の心のサイクルを実感した。

人の心も季節によって変化する。開く、閉じる、また開く・・・このサイクルが呼吸のように繰り返される。

そう、外に向かうことも、内にこもることも、どちらもいい面がある。もっと言えば、どちらもデメリットもある。

前向きの良さ/後ろ向きのよさ ポジティブの価値/ネガティブの価値

森下さんはこう言う

世の中は、前向きで明るいことばかりに価値をおく。けれど、そもそも反対のことがなければ、「明るさ」も存在しない。どちらも存在して初めて、奥行きが生まれるのだ。どちらが良く、どちらが悪いというのではなく、それぞれがよい。人間にはその両方が必要なのだ。

確かに、最近の世の中は、前向き、ポジティブなことに重きをおいているように感じる。

でも、前向き、ポジティブ、開放的、もちろん、これらの価値を認めつつも、やはり、反対のことにも価値があるように思う。

相田みつをの『いのちの根』という詩にはこうあります。(原文はほぼ平仮名ですが、ここでは漢字に置き換えています。ぜひ相田みつを氏の素晴らしい書とともにこの詩を味わって下さい。)

涙をこらえて悲しみにじっと耐えるとき
愚痴をいわずに 苦しみに耐えるとき
言い訳をしないで だまって批判に耐えるとき
怒りを抑えて じっと屈辱に耐えるとき
あなたの眼の色が深くなり 人間の根が深くなる

悲しみ、苦しみ、怒り、通常ではネガティブに捉えられるこれらの感情を、感情的にならずに自分の中で耐える時、それはすなわち、その感情をじっと感じていく時だといえる。

いわゆるネガティブな感情を消そうとするのではなく、それすらじっと感じ入る時、「命の根が深くなる」。すなわち、人間として成長できる。

怒りは厄介扱いされがちで、実際そういう面はあるのだけれども、怒りを丁寧に紐解いていくと、自分の中にある価値観に気付くことができる。

怒りは、こう在りたい、という希望願望に反する扱いを受けた時に生じる。つまり、私はこう在りたいのだ!こうして欲しいのだ!こういうことを望むのだ!という願望の現れだ。そういう一面がある。最も、この願望に、自分すら気付かないことも多いのだけれども。アドラーは怒りは二次的感情という。深い悲しみを感じたら、怒りとして発するなどだ。

また、怒りは、こうあるべきだ、という価値観に反する扱いを受けた時に生じる。自身の生活史のどこかで形成された価値観だ。これも通常、あまり言葉にすることなく背後に沈んでいる。この普段表に出ない自分の価値観に気付くことで、その源をたどってみることで、生き方を見直すこともできる。これからもその価値観でいくのか?それともそれに代わる新たな価値観でいくのか?自分で選ぶことができる。

怒りについての考察は、僕がゲシュタルト療法を受けたことと、アドラーの本を読んだことで学んだものです。気になる方は読んでみて下さい。

カウンセリングの場でも、語られるのは悩みや苦しみや怒りだ。カウンセリングはそれらを取り除く作業ではない。医学的治療と違って、心理療法は、その悩みや苦しみ以前の自分に戻るのではなく、それらを十分に消化し、新たな自分となっていくのを手助けするものです。

 

開く、閉じる、開く、のサイクルは、人間的成長のためにも欠かせないと思う。

開く、ことで、新たなものに出会い、触れ、刺激される。ただ、それだけでは薄い。閉じて、内省し、開いた中での経験を十分に消化する。自分の中に落とし込む。学んだこと気付いたことを「できる」状態にまでもっていく、深める時間だ。

引き籠りの価値は、かの吉本隆明も認めている。うちにこもって、自分の内側に耳を澄ますことが、大切な時間になる。

最後にもう一つ。両面それぞれがよい、というけれども、そもそも良し悪しの評価をせずに、両面とも味わっていくのが、人生の醍醐味であり、人間の根を深くするのだろう。

松風がやむ時

人は考える。考えてしまう。悩みがある時、仕事がたくさん重なった時、後悔がある時、迷った時・・・。考えを休めることってなかなか難しい。心を無にすることってなかなか難しい。

森下さんは「四十にして惑わず」なんて嘘だった。というほど、いろいろなことに思い悩まされていた。頭の中が考え事に占領されている、と。多くの人が実感することだろう。ぼーっとする時間ですら、気付けば何かしら心配事やしなければならないことなどを考えてしまうことって多い。

 

茶室にはお湯が沸き始めると「し、し、し、し」と「松風」が鳴り続ける。やがて「し——————」と一つに連なる。そこへ、水を一杓さす。ピタッと松風が止む。

 

「—————」

  

  

何も思わない。頭の中に、眠りよりも深い安息の数秒が訪れた。息をつめ、ただ気持ちいい。短い死のような安息だった。(中略) そのわずか数秒の空白。あんなに快く深い「間」を、私は他に知らない・・・。

森下さんの言葉。

茶室も松風も、松風が止む時の空白も、僕は経験したことがない。

けれども、快く深い、静かな「間(沈黙)」なら、経験したことがある。

学生の時に受けたエンカウンターグループ(人間関係能力の開発や心理的成長を目的とした小規模で集中的な人間的な出会いのグループ体験。詳細はクリックしてウィキペディアへ)での経験。

普段話すことのない、自分の深いことを、話した。当時の僕は、どう受け取られるか怖かった。けれども、予想外に、想像以上に、肯定的に受け止められた。その直後のセッション。沈黙が20分以上は続いた。沈黙が続くことはよくあることだ。でも、たいがいは、重苦しい沈黙だ。ただ、この時は違った。今になって、森下さんの言葉を借りれば、快く深い「間」と言える。

ただ、その場にいることが、佇むことが心地よく、快く、何も考えない。ただ明るい陽射しと、畳の部屋と、正座の感触と、グループの皆が同じように黙っていること。ただそれだけのことが、それだけのことを感じているだけの静かな沈黙の「間」が、たまらなく心地よかった。

「沈黙は金」というが、この時の沈黙はまさに「金」以上の体験だった。僕が心理学を志そうと思った一つに、この時の体験がある。20年近く経った今でも忘れられない体験だ。

今で言えば、マインドフルネス、もっと深く言えば、瞑想で得られる体験だと思う。

人間は思考の動物だ。考えることが人間の文化をこれだけ発展させてきたといっても過言でないと思う。けれども、人間は考えすぎだと思う。もっと、五感で感じることを大切にしたらいい。

例えば、座って、軽く目を閉じ、呼吸に意識をあてる。鼻を通る空気の流れ、肌で感じる周りの暖かさや冷たさ、椅子や床に触れている部分、聞こえる音、身体の重み、内臓の動き、身体のだるさや痛みや心地よさ。そういう微かな感覚に焦点を当てていく。考えは頭をよぎるけれども、それに気付いたら、横に置いておき、もう一度、感覚に焦点を当てていく。感じていく。

感じることにももっと重きを置き、評価せずに感じを大切にするだけでも、幸せ感は上がる。評価ってのはなかなかやっかいだ。

まとめ

いかがでしたか?

ポジティブにもネガティブにも価値がある。その評価よりも感じることにも価値がある。

そんな多面的な見方ができるようになると、一つの事柄に動揺したり焦ったりすることが減り、物事を深く考えられるようになります。

評価ではなく感じることも大切にしていくと、心が落ち着き、幸せ度はあがります。評価が心を苦しめることが多いからです。感じること、大切にしましょう。

森下典子『日日是好日~お茶が教えてくれた15の幸せ』本当に学び多き良き本です。

では、また。

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自分らしく生きる、自分自身でいることをテーマにブログを書いてます。

自分を押し殺し、他人の価値観や意見ばかり気にする ❝いい子ちゃん❞ だった過去。自分のことが大嫌いでした。
そんな自分をなんとかしたいと心理学を学びプロの心理士として仕事をするも、自分嫌いは克服できずにいました。

そこへ、30代でゲシュタルト療法を受け、人生が180°変わりました。

自分が好きになり、
自分の意見や考えを軸に行動できるようになり、
やりたいことややってみたいことにも素直に食指をのばせるようになりました。
本もたくさん読むようになり、さまざまな考え方を柔軟に取り入れられるようになりました。

同じように悩んだことがある方や、今現在自分の生き方に悩む方へ。

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自分らしく生きる、自分自身でいることをテーマにブログを書いてます。
他人に合わせてばかりで外面がよく、自分のことが嫌いな”いい子ちゃん”だったけど、ゲシュタルト療法を受けて人生が180°変わった心理士です。
自分が好きになり、自分軸でやりたいことに食指をのばせるようになり、学びが習慣化。
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